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第7話 失った笑顔①

Author: 葉山心愛
last update Last Updated: 2025-11-03 06:55:03

お昼を食べてから店内に戻ると、午前中よりわずかにだけど、お客様の来店数が増加していた。

そして、接客中に店長から指摘を受けたこと……

それは笑顔だった。

「加藤、笑顔が固い。それじゃあ、せっかく良い商品を売ってるのに、お客さんが逃げてくぞ」

「はい……。すみません」

自分では笑っているつもりなんだけど、上手く笑えていないみたいで。

店長や先輩から何度も何度も指摘されてしまった。

どうしても笑顔が引きつってしまう。

「……はぁ」

周りの先輩たちは、今日が初めてなんだからそれにしては上出来よと言ってはくれるのだけれど。

わたしは全然納得していない。

たった今も、ここに置いてあるサイズしかもうないですか、と尋ねてきたお客様を対応していたんだけど……

「さっきのお客様があなたの態度が気に入らなかったみたいだから、気を付けてよね」

こう先輩に注意を受けてしまった。

はぁ……なんだか上手くいかないことばかりだ。

「田畑さんがウチで一番顧客が多いんだ。彼女を見習うように」

店長にこう言われ、わたしのお手本はあんなに完璧に接客をこなす幸さんになった。

幸さんを見習え、幸さんのように……って言われても。

あんなに輝かしい笑顔を振りまきながら、お客様に対応するなんて、わたしには至難の業かも。

接客業に就いたのだから、それは乗り越えなければならない関門なのだけれど……

わたしには、自分にはそれが出来るとは到底思えない。

出来たとしてもいつになることやら。

でも頑張らないと!と気合を入れるために、頬をパンパンと叩いた。

「全くお前も、いつまで経っても無愛想で仕方のない奴だな。それだと新人の加藤のこと何も言えないぞ」

「はい、以後気を付けます」

「はぁ……これで何度目だよ。副店長なんだから、もっとしっかりしてくれよ。従業員に示しが付かん」

笑顔が固い、愛想がない……そう指摘をされていたのは、わたしだけではなかった。

私以外にもう一人……仲森副店長だ。

確かに他の従業員たちに鬼上司と言われるほど、豹変してしまった彼、仲森さん。

久しぶりに会った彼には昔の面影は全くなく、氷のような冷たい目つき。

仲森さんには“決して笑顔を見せない鬼上司”というレッテルが貼られていた。

わたしも彼も決してあの頃のような笑顔を見せない。

少しお客様の入りが激しくなってきた頃、一人の老婦人が店内を困り顔でウロウロしていた。

そして、手にはウチの広告が握られていて。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「あー、これ、広告に載ってるこのワンピースが欲しいのだけれど……」

「このワンピースですね。こちらにありますよ」

老婦人をそのワンピースのところまで案内していく。

このワンピースは目玉商品ではなく、広告の隅に小さく載っていたのに、老婦人の持っている広告にはしっかりとそれに丸印が付いていた。

わたし自身、結構気に入ってるものだったから、見つけてくれてすごく嬉しかった。

「こちらになります。色はベージュ、赤、黒とございますが、どれになさいましょう?」

「そうねぇ……孫は赤が好きだから赤にしようかしら」

「お孫さんにプレゼントですか?」

「えぇ、今度、孫の誕生日なので」

にっこりと柔らかく微笑む老婦人の姿から、お孫さん思いの優しいおばあちゃんだと思った。

確かにこのワンピースは、ヤング世代をターゲットにした商品。

ウチは20代~30代をターゲットにした商品が多いから、こういう商品は珍しい。

「お孫さんのサイズは分かりますか?」

「えっと……そうねぇ。背丈はちょうど、あなたぐらいかしら……」

「わたしくらいでしたら、一番小さいこのSサイズがちょうどいいかもしれませんね。ですが……」

おばあちゃんは、「ん?」とこちらに目を向けた。

「お孫さんは今日いらしてないんですよね?」

「そうですね、孫は高校生でまだ学校なんですよ」

お孫さんが高校生……!?

そんなに大きなお孫さんがいらっしゃったなんて……もっと若いおばあちゃんかと思った……。

「本当は試着していただいた方がいいのですが……このまま購入していかれます?」

「やっぱり試着した方がいいですかね?」

「そうですね……ウチは比較的サイズが大きめで、Sサイズでも少し大きいと感じられる方もいらっしゃるので……」

「そうなんですか……。どうしましょう……」

おばあちゃんは、しばらく「うーん」と考えていた。

「じゃあ、今度の休みに孫を連れてきますね」

「今度の休み、ですか……。このワンピースは在庫限りですので、もしかしたらその頃には売り切れてしまうかもしれません」

「そんな……」

「ですので、取り置きが出来ますが、そうしておきましょうか?」

すると、落ち込んでいたおばあちゃんの顔がぱぁっと明るくなって。

「はい!そうしておいてください」

「では、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「深田と言います」

「深田様ですね。それでは、こちらのワンピースのSサイズ、取り置きしておきます」

レジの横に置いてあるメモ用紙にお客様の名前を書き込んだ。

「では、また。孫と一緒に来ます」

「はい。お待ちしておりますね」

それからおばあちゃんは「ありがとう」と言って、店を出ていった。

接客で初めてもらった「ありがとう」は、お孫さん思いの優しいおばあちゃんからだった。

ありがとう……なんて随分言ってもらったことない。

感謝の気持ちを言われるってこんなにも心を温かくするものだったんだね。

忘れていた感情が、一つ蘇った。

「さっきのおばあちゃん、すごく喜んでいたわね」

化粧室から戻り、ポーチを鞄にしまおうと裏にいた時のことだった。

突然、話しかけてきたのは、先程までウチを贔屓にしてくれているお客様と楽しそうにお話をしていた幸さんだった。

「あっ、はい。おばあちゃん、またお孫さんを連れて来てくれるそうです」

「そう。よかったわね。でも、笑顔が足りなかったんじゃない?」

「え、あっ……」

幸さんに言われて、またかと思った。

あの時は、今度こそ笑顔が出来てると思ったんだけど、やっぱり出来てなかったかぁ……

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